今回は、1972年度ドイツ青少年図書賞(Deutscher Jugendbuchpreis)を始めとする様々な文学賞を獲得した作品、オストフリート・プロイスラー Ostfried Preußler 著、ヘルベルト・ホルツィングHerbert Holzing(絵)『Krabat(クラバート)』(2016、第10版)をご紹介します。
ハードカバーで256ページの長編で、August der Starke アウグスト強健王として知られるザクセン選帝侯アウグスト1世兼ポーランド国王アウグスト2世の治世(1694~1763年)の時代の話のため、今では使わなくなった言葉やザクセン方言・スラブ語の要素が混じり(Kantorka = Kantorin や Föhre = Kiefer「松」など)、調べることが多く、自分のドイツ語の語彙力が乏しいのではないかと疑いましたが、中にはドイツ人のダンナも首をかしげるものがあって(dritthalb = zweiundeinhalb 「2½」、Scholta = Schulze 「町長」など)、ちょっと安心しました。
児童文学と侮るなかれ、ですね。
この物語は、ドイツの東部ザクセン州の「クラバート伝説」が土台になってる作品です。
クラバート伝説 Krabat-Sage とはソルブの伝説 sorbische Sage であり、クラバートの名前は Hrvat「クロアチア人」からの派生形です。
ソルブ人とは、独自の言語や服装、特色のある慣習、豊かな民族的な伝統を持った西スラヴの小民族。早くからキリスト教化が行われたのにも関わらず、在来の異教の信仰の風習を色濃く留め、口頭で伝承された多くの民話を有し、魔女や魔法使いの伝説も豊富に残っています。
物語の概要
両親を亡くした後乞食として暮らしていた14歳のクラバート Krabat が、11羽の烏が現れて「荒れ地の水車小屋に来い。親方の声に従え」という夢を何度も見るようになります。好奇心からコーゼルブルッフ Koselbruch にある水車小屋に行き、そこで製粉マイスターの弟子入りします。1年目、2年目、3年目と3章にわたって水車小屋での出来事、友情と死別の悲しみ、そして秘めた恋が語られます。
クラバートは最初、嫌になったらやめて出て行けばいいと軽い気持ちで弟子入りしましたが、実はマイスターは魔法使いで一度弟子入りした者はマイスターの命じる用事で以外で敷地を出ることができないと判明します。
1年で弟子 Lehrling から職人 Geselle となったクラバートはその日から毎週金曜日の夜にカラスに変身して仲間たちと一緒にマイスターの魔法の授業を受けることになります。年末が近づくと仲間たちみんながナーバスになり、クラバートの世話をしてきたトンダ Tonda は「みんな怖がっているのだ。理由はいずれ分かる」と説明しますが、当のトンダが大晦日の日に死んでしまいます。彼の埋葬が終わるころ、新しい弟子が入ってきます。そして、その翌年もミヒャル Michal という仲間が同じように唐突に死亡します。その後に同じように新しい弟子が入ってきます。
このおどろおどろしいミステリーが1つの魅力です。
もう1つはクラバートの秘めた恋の話です。トンダが「好きになった女の子の名前を仲間の誰にも、ましてやマイスターに知られてはならない」と警告されていたこともあり、クラバートは彼女の本名を尋ねることなくカントルカ Kantorka (先唱者)と呼びます。知らなければ秘密を洩らしようがないからですが、結局最後まで彼女の本名が明かされないのはどうなんだろうとは思いますが。
なにはともあれ、どうやってクラバートがマイスターから解放されるのか、そこに至る命がけのサスペンスが読みどころです。
邦訳もありますので、読み比べてみてはいかがでしょうか。